"羽"
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「おい、起きろ。出かけるぞ」
急に揺り起こされて、ぼんやりと目をこすった。
ベッドから体を起こすと、すかさず父さんが上からセーターやコートをかぶせていく。
「あったかくしないと、風邪ひくからな…」
「下、パジャマなんだけど」
僕は抗議したけど、父さんはちっとも構わない風で答える。
「いいよ、夜中だし。急いでるんだから」
そのままパジャマのズボンの上からブーツをかぶせて、床に立たされた。
よく見ると父さんはもうコートを羽織っていたけど、無精髭は放ったらかしのままだった。
ドアを開けると、外はしんと静まりかえっていた。
レンガの道は凍り付いて、ちらちらと降る雪が街灯に照らし出されている。
昼間とは全く違う外の様子に、一瞬ひるんで立ちつくすと
それに気付いた父さんが僕に手を差し出してきた。マフラーの間から白い息がこぼれた。
「…」
僕の吐く息も白い。手編みのミトンをはめた手で、父さんの手をぎゅっと握った。
「タクシー呼べばよかったかな…歩いた方が、早いか」
父さんはぶつぶつ言いながら僕の手を引っ張る。小走りについて歩いていると
急にひょい、と父さんが僕を抱きかかえた。
「走るぞ。ちゃんとつかまってろよ」
いたずらっぽく笑うと、そのまま父さんは走り始めた。
僕は父さんの肩につかまって、揺れる街並みをじっと見つめる。
真っ暗な街は、僕の知らない街に思えた。うっすら雪の積もった道だけが白い。
雪が僕と父さんの体にふわりと張り付き、すぐに溶けていく。
白い息を吐きながら真っ黒い空を見上げると、雪がきらきら光りながら舞っていた。
「羽根みたいだね」
僕は上を向いたまま言った。
「え?」
「雪が」
父さんは早歩きで階段を駆け上がると、そこでふと立ち止まった。
僕の方を見て、それから同じように空を見上げて僕に尋ねる。
「何の羽根?」
何の、と聞かれて僕は考え込んだ。
このあいだのクリスマスの時、みんなで教会に出かけた時に見た絵。
「天使。赤ちゃんの」
神様と一緒に、可愛い赤ちゃんの姿をした天使が描かれていた。
隣に描かれていた大人の天使よりも、ふっくらして軽くて真っ白い羽根をして
ピンクの雲が漂う空を楽しそうに飛んでいる絵だった。
「天使の羽根か」
父さんが笑って僕の方を見る。
変な事言ったかな、と僕が首を傾げると、父さんは僕の頬にキスをして
それから、体をしっかり抱え直した。冷たい頬に、髭がちくりと当たった。
「もうすぐ着くぞ」
「わあ!」
急に父さんが全速力で駆け出す。僕はびっくりして父さんにつかまった。
随分走ったのに、父さんの足取りはいっそう軽くなっているみたいに飛び跳ねる。
「なに?」
父さんが走りながら何か言うのを、耳元で聞き返す。
「俺達はほんものの天使に会いに行くんだよ。女の子だぞ。妹だ、ジャン!」
目の前に、母さんのいる病院が見えてきた。
//end.
※フランソワーズの誕生日。
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