→your home Back...*


よく晴れた日だった。
厳しい訓練を終えて、久しぶりに下りた一週間の休暇。
演習が終わるのが待ち遠しく、着替えもそこそこに荷物をまとめて
帰宅の準備をする。浮かれ気味の鼻歌を聞きつけた友人が
ロッカーの後ろから冷やかした。
「恋人の所へでも行くのか?」
「残念、妹の所だよ」
しけてやがる、と苦笑混じりに呟くそいつは、一年ほど前
誕生パーティーで初めて会った俺の妹に、その場で告白して玉砕しやがった奴だ。
妹さんに宜しく伝えてくれ、と言う友人に、右手を挙げて挨拶すると
俺はザックを担いで基地から飛び出した。

しかし、結局俺は妹と言葉を交わす事すら出来なかった。

目の前で誘拐された妹を、俺は必死になって探した。
空軍にもすぐに連絡した。仮にも軍人の身内が誘拐されたのだから、
あらゆる事態を想定しなければならない筈だった。
最初は、すぐに見つかると思っていた。
妹を連れ去ったセスナは会員制の飛行機クラブの登録機だったので、
機体もナンバーも会員の名前も、あっさり分かったからだ。
しかし、名前は偽名、登録された住所も架空のものだと分かり、
嫌な空気が流れ始めた3日後、そのセスナが大西洋で残骸となって発見された。
中から見つかった遺体は男ばかり2名。その二人が、妹を誘拐した犯人らしい。
妹の遺体は見つからなかった。逃げる際に、いくつも乗り物を変えて
移動していた奴等だったから、もしかしたら妹だけは先に別の所に
移されたかも知れない。
とにかく、機体の中からは見つからなかったのだから、生きている可能性は高い。
俺はそう主張したが、近くの浜辺に打ち上げられた妹のハンドバッグが
翌日発見されて、捜索は簡単に打ち切られた。俺が入学祝いに買ってやった奴だ。
上官に呼ばれ、そのバッグを渡された時、俺は目の前が真っ暗になった。
死んだ?フランソワーズが?
…冗談じゃない。

俺の休暇は、それから更に2週間延長された。


丁度休暇の半分を過ぎた頃、友人が様子を見にやってきた。
アパルトマンのドアを開けて顔を合わせると、困ったような表情をする。
「…そんなに酷いか、俺の顔?」
「…酷いな。遭難一週間目って所か」
「ゆっくりくつろぐ気分にはなれなくてな」
中に入れ、と促す。部屋一面に散らかった新聞や雑誌の山を見て
友人は一瞬驚いた顔をしたが、テーブルの上の切り抜いた記事に気づいて
また困ったような表情に戻る。全部、フランソワーズの事故の関連記事だ。
「…その、格好も酷いんだが」
友人は、俺と目を合わせようとはせずに壁の写真を見つめていた。
「お前の顔、フランソワーズとよく似てるからな」
壁には、両親と俺と妹が並んでいる写真が飾られていた。
そうそう、あのフレームは、写真に合わせてフランソワーズが選んだんだっけ。
両親が死んだ時、まだあいつはほんの子供だった。二人でこの小さな部屋に
引っ越して来た日、真っ先にあの写真を大事そうに飾っていた。
「まだ死んだと決まった訳じゃない。捜索隊が駄目でも、他に探す方法は
色々あるからな。絶対見つけて、助け出してやる」
「そうだといいがな」
何を言いに来たんだ?こいつは。
俺はソファに座って、飲みかけのブランデーを煽る。友人が椅子に座ろうとして
床に転がった空の酒ビンを踏みかけて、よろめいた。
「大分飲んでるのか」
「何本空けても、全然酔った気がしない。お前もつき合え」
「じゃ、こいつを開けてやる。土産だ」
友人が持参してきたナポレオンの封を切った。俺が差し出したグラスに注ぐと、
適当に置いてあったグラスに自分の分も注いで引き寄せる。
「乾杯…って雰囲気でもないからな。勝手にやらせて貰う」
俺が一気にグラスを空けるのを友人はじっと見つめて、それから言った。
「酒の上での話として、聞き流して欲しいんだがな」
一口飲むと、まっすぐ俺の目を見つめた。
「お前の妹は死んじゃいないだろう。あの機体には、爆破された跡がある」
俺は思わずソファに沈めた体を起こした。手に持ったグラスの氷が
からん、と音を立てる。
「…何だって?」
「捜索隊に参加した奴に聞いたんだ。ありゃ墜落した跡なんかじゃない。
機体を海に浮かべて、外部から爆破したんだろうって。で、そう報告したんだと。
それが、いつの間にか墜落って事になってたんで、驚いたらしい」
「どういう意味だ」
「分からない。どこかからの圧力らしいんだが…相当上の方だ」
俺は必死に頭の中を整理する。
誘拐された妹が乗ったセスナ。妹だけが消えて、犯人はセスナごと爆破される。
その結果、表向き妹は犯人もろとも死亡した事になっている。
「…そんな事をしてどうなる?俺の妹はVIPじゃないんだ」
「俺の想像だが、フランソワーズを誘拐した奴等は、黙って消えるつもり
だったんだろう。たまたまお前が目撃して、捜索隊まで出す騒ぎになったんで
慌てて彼女が死亡したと思わせる細工をしたんじゃないか」
「だから!そんな事をしてどうなるんだ?」
知らず知らず、声が荒くなる。
「俺が知るか」
友人が溜息をつきながら、俺のグラスに酒を注いだ。
「ろくでもない奴等なのは確かだろう。だから、忠告に来たんだ。
ジャン、フランソワーズの事はもう諦めろ。これ以上騒がない方がいい。
カモフラージュの為に仲間を殺すような奴等なんだぞ」
「諦めろ、だと?」
「たった一人の妹をか?両親が死んでから、ずっと俺が育てたんだ!
やっとあいつも夢を叶えて、バレエ学校に入学したんだぞ!
これからって時に…誘拐されて行方知れずになって、諦めろ?
今どこでどうしているか、俺に考えるなって言うのか?」
「ジャン」
「俺の大事な家族なんだ!たった一人だけ残った、家族なんだよ!
あいつまでいなくなって、俺に…一体どうしろと…」
周りの風景が歪んで見える。声が震えた。
「本当に死んだんだったら諦めもつくさ…両親の所へ行ったんだってな…。
でも、違うんだろ…?生きて、でも戻って来られない所に居るんだろ…。
あいつの幸せをみんな奪うような真似、何でできるんだよ…」

張りつめていた糸が切れたような気がした。妹がいなくなって以来、
今俺は初めて泣いている。顔を覆う指の間から、涙がいくつもいくつも零れ落ちた。
俺達が一体何をした?
頼む。俺から、何もかも奪わないでくれ。

友人は、しばらく俺をじっと見ていたが、やがて呟くように言った。
「気持ちは、分かる…いや、俺には到底理解できない位辛いだろうがな。
でも、これ以上騒いでお前にまで何かあったら、俺達が堪らないんだ。
フランソワーズが戻ってきても、会わせる顔がない」
俺は答えなかった。何を言っていいのか、全く思いつかなかった。
友人は、もう一つ溜息をつくと、俺の肩を軽く叩いて出ていった。

気がつくと、夢を見ていた。
夢の中で、「これは夢だ」という自覚がある。
そうだ…ここは、家族4人でパリ郊外に住んでいた頃の家だ。暖炉の火が見える。
父はこちらに背を向けて、新聞を読みながら煙草を燻らせていた。顔は見えない。
母がカフェオレを運んで来て、父と並んで座った。何か喋っているがこれも聞き取れない。
ぼんやりした二人の後ろ姿を眺めていると、フランソワーズがやってきた。
「お兄ちゃん!ソファで寝ちゃダメって言ったでしょう!風邪ひくわよ」
きつい口調でそう言いながら、ブランケットを取りに走っていく。
親父とお袋は死んだ時のままの姿だけど、お前はちゃんと成長してるんだな。
俺が呟くと、へんなの!と声を上げて笑いながらブランケットをかけてくれた。
ありがとう。でもまだちょっと寒いな。
お酒の飲み過ぎじゃないの、お兄ちゃん。
ああ、どうしても飲まずにいられなかったんだ。
体壊すわよ?アル中のお兄ちゃんなんて、私はいりませんからね。
そう言うな。顔を見せてくれ。

伸ばした手は空を掴み、俺は真っ暗な部屋の中、一人でソファの上にひっくり返っていた。


一人で過ごすには長すぎる休暇が終わり、俺は軍隊へ戻った。
周囲の人間は、俺を暖かく迎え入れてくれた。友人が持ってきたナポレオンは
たった一人の家族を「亡くした」俺への、みんなからの気持ちだったそうだ。
その友人の姿は、しかしどこにも無かった。急な異動で南仏へ行ってしまったと
聞かされた。一瞬ぎくりとしたが、本人のたっての希望だと言う。
「お前の妹にさ、本気で惚れていたらしいぜ。あいつはあいつで、事故の事を
色々調べていたらしいがな…お前に会って、諦めはついたって言ってたぜ」

お前の顔、フランソワーズとよく似てるからな。

友人にそう言われた顔を、ロッカーの鏡に映してみた。妹と同じ青い瞳。
男には少し長すぎる睫毛。でも、髪の色は俺の方が幾分明るくて金髪に近い。
フランソワーズの髪は、落ち着いた亜麻色だ。惚れてたなら、もっとよく覚えてろ阿呆。
…諦めたのか。本当に。
俺は、諦めてない。
友人が言った言葉を思い出す。フランソワーズは、どこかで生きている。
だったら諦めようがない。いつかきっと帰ってくる。俺はそう信じている。
いつまでも、ずっと待ち続けてやる。いつ戻って来ても、いいように。

あいつが帰る家は、ここしかないんだから。

//end.





何かドリーム99%という感じですが…。ジャン兄ちゃんです。
原作の、根気一杯妹を追いかけたジャンが、その後どうしたかなと
思って書いてみました。ジャンはものすごく後期になって再登場して
妹と同居生活送り始めるんですが、色々あったんだろうな…。
総登場ページ数約10Pの人なんですが(笑)非常にインパクト強くて
こういうお兄ちゃんが欲しくてたまりませんでした。
原作だと、両親がいなくて二人兄妹なんですよね。ジャンはフランス空軍所属。
初登場時は軍で寝泊まりしてたっぽいですが(徴兵だろうか)、再登場時は
家から通ってるみたいだったです。多分最初と同じアパートに住んでるみたいで。
フランソワーズは学生、という事ですが、勉強してる風にも見えないので(笑)
バレエ学校にでも入ってたかなー…と。ローザンヌで入賞すれば、学費タダなので
その辺り狙ってたんじゃないでしょうか。出場資格は18才までですが。
ジャンは再登場時、カラーページに載ってたんですが…雑誌を捨ててしまったので(悔)
色の記憶が殆どありません。兄妹だから、似てるとは思うんですが。

ちなみにSFロマンになると、ジャンは徴兵されてて代わりに母親と、
フランソワーズより4才下のシリルという弟がいる設定になってます。

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