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目覚まし時計を見ると、まだ鳴り出す迄に5分あった。
その5分間の幸せを噛み締めつつ、シーツにくるまり直す。
と、途端にドアが勢いよく開け放たれた。
「お兄ちゃん!朝よ、起きて!」
妹のフランソワーズが、ジャンの大切な幸せを無理矢理引き剥がそうとする。
「まだ5分あるだろう」
「朝の5分は貴重なのよ!」
空軍で鍛えた体を簡単に転がして、フランソワーズがシーツを奪い
くるくると丸めてしまった。ついでにジャンがしがみついた枕も
片手で取り上げて、カバーを抜き取ってしまう。
腕力で妹に負けるのはさすがにいい気がしないが、今の所勝ち目がない。
「パジャマも一緒に洗うから、着替えたら持ってきてね」
「まだ5分あるんだよ」
情けない声で抗議すると、フランソワーズは澄まし顔で答えた。
「お兄ちゃんが5分早く家を出たら、私は5分早くお掃除ができるの」
今日はジョーが来るんだから、とぶつぶつ言いながらシーツを抱えて
足早に部屋を出ていく。と、振り向きざまに
「朝ご飯、できてるわよ」
ドアがぱたん、と閉まると同時に、目覚ましがジリジリと音を立てた。

リビングに行くと、コーヒーの香りが漂っていた。
テーブルの上には焼きたてのパンにチーズ、オムレツ、サラダが並んでいる。
ジャンが一人暮らしをしていた頃も、これくらいは自分で用意していたが
フランソワーズが家事をするようになって、家の中の雰囲気が随分変わった。
ジャンの席にきちんと置かれた朝刊。小さなグラスに生けられたデイジーの花。
白い陶器の器に、山盛りにされた生のベリー類。
テーブルに並ぶ赤やピンクの色彩が、朝日に照らされて部屋中を彩っている。
「女っ気って奴かね…」
椅子に座ったジャンが新聞を手に取ろうとして、そのまま固まった。
「………」
目の前に、マグカップが3つ。
ジャンの紺色のカップと、フランソワーズが自分で買った赤いチェックのカップと
…それからもう1つ、女物のマグカップ。
「食器、足りないから買ってこようと思ったんだけど」
空のランドリーケースを抱えたフランソワーズがリビングに入って来て
ジャンの硬直した背中に声をかけた。
「お掃除してたら、それが出て来たから。ジョー用に使っていい?」
「…ジョー用?」
随分前に捨てようと思って、結局そのままになっていたカップや揃いの皿。
確かについ先日まで男の一人暮らしだった家なので、常備している食器は少ない。
フランソワーズが少しずつ自分の分を買い足してはいたが、三人分には足りない。
…しかし…
「使うのか?それ」
「二度と見たくないとか、大事にとって置きたいものならそうするけど」
「いや、捨てそびれただけだ」
「そうだと思ったの。棚の奥に、放ったらかしだったから」
フランソワーズがにっこり笑って、ジャンのカップにコーヒーを注ぐ。
自分の分にはミルクを入れて、カフェオレにして一口飲んだ。
それから何か言いたげに、カップに口をつけたまま上目遣いで兄を見る。
「…そのカップのひと、別れちゃったの?」
「随分前だよ。すっかり忘れてた」
「…それって、私の事は関係ある?」
「ない。全面的に俺が悪い」
そう言って、煙草に火をつける。
会話終了の合図。
フランソワーズはまだ何か言いたそうな顔をしたが、すぐに諦めた。
勿論仕掛けるつもりで、わざとカップをテーブルに並べておいたのだが
眉間に皺の寄ったジャンを見ると、それ以上追求する気になれない。
「次は私にも紹介してね?」
…お兄ちゃん、昔はかなりもてた方だし。
今だってまだ大丈夫だろう。…多分。
ブリオッシュをかじりながら一人頷くフランソワーズを、ジャンが妙な顔で見る。
しばらく黙って、おもむろにジャンが口を開いた。
「…ジョーは何時頃に来るんだ?」
「お昼頃。空港へ迎えに行って、ご飯食べて、ちょっとそこら辺回ろうかなって」
「そうか」
暫しの沈黙。
「…今日、早く帰れるわよね?お夕飯、一緒に食べるでしょ?」
「多分な」
また、沈黙。
「何か、嫌がってない?」
「そんな事はない」
「そうかしら」
いきなりジャンが、まだ半分以上残った煙草を灰皿で潰して思い切ったように
フランソワーズの方へ向き直った。妙に真面目な顔になっている。
「時間があるなら、ジョーのカップも買ってやったらどうだ?」
「勿体ないわよ。そんなに長い間いる訳じゃないし」
「でもな」
「やっぱり、大事なものなの?」
そうじゃなくて。

ピンクのイチゴ柄のカップだぞ。
いいのか、ジョー?


//end.





ピーターラビットと迷いましたが、イチゴ柄にしました(無意味)。
前の話で戦闘態勢になってしまったジャン兄さんですが、
今回はなにげにジョーに同情票を稼いでみたり。
今のフランソワーズだったらジャン兄さんでも
やっぱり片手で投げ飛ばせるんだろうなー。

ところで自覚はあるんですがどーにもならないのが、タイトル。
本とかもそうなんですが、センスのカケラもない。


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