→宝物ふたつ Back...*


空港の到着口を出ると、フランソワーズがすぐに見つけて走り寄った。
「ジョー!」
そのまま抱きついて、頬に軽いキス。恋人同士の挨拶。
日本で見送った時とは、見違えるように明るい顔のフランソワーズに
ジョーも思わず笑顔になる。
「元気そうだね」
「おかげさまで」
少し照れながら笑う彼女を見て、ジョーの顔からも翳りが消えた。


日本で彼女を見送ってから、10日目の夜だった。
時差を気にしながら、フランソワーズがジョーに電話をかけてきた。
(連絡しなよ、何かあったの、心配したよ、…お兄さんには会えた?)
と、ジョーがそれまで考え抜いた一通りの言葉を並べ終えると、
フランソワーズは少しはにかんだ口調で、それまでの経緯を話した。
(ええ、ちゃんと会って話ができたわ、ジョーのおかげよ)
(今ね、あの家に一緒にいるのよ、昔みたいにね、懐かしいわ)
(しばらくお兄ちゃんと生活したいんだけど、…いいかしら)
ほっとしたような、少しがっかりした気分で、ジョーも答える。
(そう、良かったね、そうだね、そうするといいよ)

…でも、当分会えないのか。

ジョーが心の中でそう呟いた時、フランソワーズが遠慮がちに言った。
「ねえ…ジョー。フランスに来ない?お兄ちゃんに、紹介したいわ」
「え?」
それ以上の言葉が出て来ない。僕が…君の、兄さんに?
「いや?」
少し声のトーンが落ちる。ジョーが慌てて答える。
「そうじゃないけど…」
他人の家族に会って、自分が楽しかったという記憶がない。
どうしても、自分の殻に閉じこもりそうになって。
今だって、フランソワーズと自分との間に深い溝が出来たみたいで。
君には家族がいるという、たったそれだけの事なのに。
「ジャンは…あたしの、たった一人の家族だから」
そう言ってもらえるその人が、妬ましくて。そんな事を考える自分も嫌いで。
「それに、ジョーもあたしのたった一人の、大切な人だから」

他人じゃないのよ。…あたしは、そう思ってる。
耳元で囁くような、フランソワーズの優しい声。

「…僕は、」

他に何て言えばいい?


「みんなが心配してたよ」
空港にあるカフェで一休み。今日の夕食は、フランソワーズが腕を振るうと
予め宣言していたので、二人で軽めの昼食を取っていた。
「あたしを?それともジョー?お兄ちゃんの事?」
「全部」
そう言って、顔を見合わせて笑う。
「君のお兄さんに嫌われなきゃいいんだけど」
「ジョーなら大丈夫よ」
「ピュンマがさ、言うんだよ。ピュンマは…ほら、妹がいただろ?
『心配しなくていいよ、ジョー。どんないい奴でも可愛い妹の彼氏だって思ったら、
めちゃくちゃ悪くて嫌な男にしか見えないから』って」
フランソワーズが声を立てて笑う。
「『どう努力したって絶対気に入らないんだから、安心して開き直れ』だって。
あのピュンマでも、そんな風に思うんだな」
エスプレッソを一口飲んで、ジョーが溜息をついた。
「一発くらいは殴られる覚悟、しとかなきゃ」
「あたしのお兄ちゃんは、そんなこと…」
フランソワーズがそこまで言って、少し考え込む。
「………するかも」
「来るんじゃなかった」
テーブルに突っ伏したジョーの頭に、フランソワーズがそっと手を触れる。
「もし本当にそんなことしたら、あたしがお兄ちゃんを殴っちゃうから」
栗色の髪を指先で梳きながら、いたずらっぽく微笑んだ。


正直に言えば、少し嫌だった。
僕の全然知らない所で知らない人といる君が、あんなに幸せそうだなんて。
まだ僕達が出会う前の時間は、君にとって、箱に入れた大切な宝物みたいで。
君がそっと蓋を開けて、その宝物を僕に分けてくれようとしても
…僕にはそれは、見えないんじゃないかって不安になるんだ。


「そりゃあ、妹は可愛いよ」
ピュンマが笑って言う。彼にとっても家族は、もう過去の中にしかいない。
リビングの窓を眺めながら、ピュンマは穏やかな声でジョーに話しかけた。
窓から見える青い空と海は、彼の故郷にも繋がっている。
「僕は両親も親戚も一緒だったから分からないけど、フランソワーズは
兄妹二人っきりだったんだろう?だったら特別可愛いんじゃないかな。
でもね、彼女がいなくなって一人になって、兄さんも辛かったと思うよ」
家族を一度に失ったピュンマは、何か思うところがあったのだろう。
…そんな風に考えた事、なかったな…。
ジョーはピュンマの横顔を見ながら、ぼんやりと見知らぬ人の事を考える。
僕の知らないフランソワーズをたくさん知ってる人。彼女の大切な、家族。
その人も、多分フランソワーズを一番大切に思って…ずっと見守ってきて。
一人きりで、取り残されて。
「だから、妹に会えてきっと喜んでるよ。…それに、その子に大切な人がいて
幸せなんだって分かったら、もっと嬉しいよ。きっと君に会いたいと思ってるさ」
「そうかな」
「うん。だって、弟が一人増えるんだもの。絶対嬉しいに決まってる」
ピュンマはそう言って、きょとんとしたジョーを見て笑った。


「来てくれてありがとう、ジョー」
そう言いながら髪を撫でるフランソワーズの指に、ジョーが自分の指を絡ませた。
頭をテーブルに乗せたままで、フランソワーズを見上げる。
なあに?と小首を傾げて覗き込む彼女に、小さな声で尋ねた。
「…君の部屋とお兄さんの部屋、離れてる?」
「え?」
「夜中、そっちに行ってもバレない?」
フランソワーズが唇を尖らせて、ジョーに小声で返す。
「見つかったら、殴られるくらいじゃ済まないわよ?殺されちゃうかも」
「やっぱり来るんじゃなかった…」
ジョーがテーブルに額をこつんとぶつける。フランソワーズがくすくす笑った。
それからそっと身を乗り出して、耳元で小さく小さく囁いた。
「…あたしが行くから。ゲストルームが一番遠いの」
一瞬ジョーが目を丸くして、それから跳ね起きた。
「だったら殺されてもいい」
手を繋いだまま、二人で顔を見合わせて笑う。


…君の宝物は、僕には見えないかもしれないけど、
その箱に、僕の宝物を一緒に入れてもいいかな?
今はまだ一つだけだけど、これから沢山見つけるから。
できれば二人で、探して行けたらいい。


「そうだ、早く帰らないと。お買い物に行かなきゃ」
フランソワーズが思い出したように言った。
「パンとサラダの野菜と…ジョー、何か食べたいもの、ある?」
「オムレツ。生クリーム入れた、中がトロトロのやつ」
「じゃあ卵ね。あと他に要るもの、あったかしら」
「僕も一緒に行くよ。荷物、持つから」
話しながら席を立って、支払いを済ませる。フランソワーズが歩きながら考え込んだ。
「…何か、まだあったかしら…?」


新しいカップ?


//end.





2本目。ジョーとフランソワーズ、2人。
…と言いつつ、なにげにピュンマも出てますが。
「カップ?」じゃねーだろ自分。

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