" merry merry"
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「何てったっけ、アレ」
バゲットに齧りつきながら、お兄ちゃんが唐突に話しかけてきた。
「アレ?」
「クリスマスにさ、お袋がよく作ってたやつ」
「クリスマスプディング?」
それだけでピンときたので答えてみる。お兄ちゃんもそうそう、と頷いた。
「そう、クリスマスプディング。あれうまかったな」
「そうねえ」
毎年、クリスマスの準備が始まるとお母さんは真っ先にクリスマスプディングの準備をしていた。レーズンをラム酒に漬け込むことから自分で始めるから、ほぼ一ヶ月くらいかかって作り上げる大作だった。
「また食いたいな」
「そうねえ」
そう言えば、そろそろそんなシーズンだ。街のあちらこちらでクリスマスのためのお菓子や飾りが並び始めていた。そんなことを考えていると、お兄ちゃんと目が合った。というか、口は一生懸命バゲットを頬張っているのに目だけがこちらから離れない。
「ん?」
最後の一口をもぐもぐと飲み込んで、お兄ちゃんが口を開いた。
「いやだから、それなら私が作ってあげようか?とか、ないのか」
「作り方知らないもの」
「え、何だよそれ」
さも呆れたように驚いてみせて、大げさなため息をつく。最近離れて暮らすことが多いせいか、芝居がかった動作が一層わざとらしく感じる。
「お前なあ、そういうの作れるようになった方がいいぞ」
「どうして」
「こういう伝統的な料理を作れる女はポイント高い」
わざとらしい、と思ったがもしかしたら本気かもしれない。
「普段女らしくなくても、こういう事ができると男はぐっとくるぞ」
余計なお世話よ。
「だから作れよ。折角休暇で帰ってきてるんだから」
「やだ。お兄ちゃん相手にポイント上げても仕方ないじゃない。それに私、イブは舞台があるから。帰り、遅いわよ」
「え」
「彼女にでも作ってもらえば?じゃあね、行って来ます」
自分のお皿とカップをシンクに放り込むと、マフラーを取った。こんな時はさっさと出かけるに限る。
「あー、気を付けてな」
ドアを開けた時に、口をへの字に曲げて私を見ているお兄ちゃんが目に入った。
「それより天井、直しておいてよね。古いんだから、ここ」
私は丸めた紙ナプキンが飛んでくるより早く、ドアを閉めた。
イブの夜は、思ったより遅くなった。
舞台がはけた後、みんなで食事に行くことになった。私は少しだけ顔を出して帰るつもりだったが、なんだかんだで結局いい時間になってしまったのだ。
「ただいま」
ドアを開けると、暖かい光と空気が流れ込んできて、ほっと息をついた。
「ああ、おかえり」
シャワーを浴びたばかりらしいお兄ちゃんが、タオルで頭をふきながら出てきた。
「夕食は?」
「少し食べてきた。そっちは?」
「食べた」
もしお兄ちゃんがまだだったら一緒に食べるつもりだったので、本当はあまり食べていなかった。そう言われるとちょっとなあ…と思いながらテーブルにバッグを置くと、真ん中に置いてあるものが目に入った。
「あ、それお前の分」
「ん?」
お皿に、切り分けたクリスマスプディングが横たわっている。ご丁寧にクリームも添えられていた。
「どうしたの、これ」
「作ってもらった。彼女に」
「彼女って」
頭の中で、知っている限りのお兄ちゃんのガールフレンドを並べてみた。
こんなの作るような人はいただろうか。
「どの?」
「どの、って」
ストーブの前で髪を乾かしていたお兄ちゃんを見ると、一瞬目を反らした。
「いやだから。クリスマスプディングを作れる彼女を作った訳」
「…呆れた」
「別に、それだけが目当てじゃないし」
「当たり前よ。それで?晩ご飯も一緒だったの?」
それでシャワーか。
「もう帰ったよ。明日のミサは家族と行くんだと」
「当たり前よ」
こんなことだと知っていれば、みんなとちゃんと食事して遅くまでいられたのに。心配して損した。 何よ、もう。
がたんと音を立てて椅子に座ると、お兄ちゃんがストーブの側に座ったまま困ったようにこちらを見上げた。
「怒るなよ。お前、帰り遅いって言ったろ」
「別に怒ってないわよ」
座ったまま腕と脚を組んでいる私が、どう見えているのかは知らないけど。
「…それ食えよ。美味いぞほんと」
クリスマスプディングを横目で見た。切り口に木の実やオレンジピールが綺麗に並んで確かにおいしそうだ。
ほんとにもう、
「食べないのか?」
お腹がぐう、と返事をした。
「フランソワーズ、それ何?」
朝からキッチンに籠もっているのを不審に思ったのか、ジョーが覗きに来た。
「クリスマスプディング。型が売ってたから、作ってみようと思って」
「ふうん?」
何だかよくわからない、という顔でジョーは並んだ材料を眺めた。
「ケーキかと思ったんだけどな」
そう言うと、そのまますたすたと行ってしまった。
「…お兄ちゃんの嘘つき」
※メリーくりすまー
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