" 粋 " ▲ BACK TO TOP


たまたま通りかかった店で、たまたまディスプレイに目が行った。
ふと視線をずらした先で店員と目が合う。すかさず、にこやかに話しかけられる。
「それ、今日入ってきたばかりなんですよ、可愛いでしょう」
「ええ」
それは本心だった。
「良かったら試着してみます?」
フランソワーズは少し悩んだが、勧められるままに手に取ってみた。
やっぱり、この間雑誌で見て気になっていたものと同じデザインだ。
「ああ、よくお似合いですよ」
鏡に映った店員が手慣れた調子で褒めそやしてくれる。
「今日のお洋服の雰囲気にも合ってますし」
自分でもそう思う。
「人気の商品なんで、すぐ無くなっちゃうんですよね」
お金はさっきおろしたばかりだった。
それで、勢いで購入して試着したまま店を出ることにした。

待ち合わせた車では、ハインリヒが腕組みをして待っていた。
「遅い」
フランソワーズが慌てて助手席に乗り込む。ハインリヒはちらりとそちらを見て
何か考えるように微かに首をひねった。
「ごめんなさい、買い物してたらつい、」
「いや」
もう少し怒られると思ったが、意外にすぐ切り上げられてフランソワーズの方が面食らった。
「え?」
「…早く帰った方がいいだろう」
それ以上は何も言わず、こちらに目もくれようとしなかった。

ギルモア邸のテラスでは、ジェロニモが木に何かを彫りつけていた。
ハインリヒはフランソワーズを先に降ろし、駐車場へと向かう。
「ただいま、ジェロニモ。何を掘っているの?」
その声に顔を上げたジェロニモは、フランソワーズの方を見て、驚いたように腰を浮かした。が、フランソワーズがテラスを上がってくると、また椅子に座り直して作業を続ける。手元を覗き込まれて、困惑したようにフランソワーズの顔を見た。
「これは馬?」
「…犬だ」
「犬?」
「見えないか」
「うーん」
首をかしげるフランソワーズを、戻ってきたハインリヒが少し離れた場所から眺めている。と、眉をひそめたジェロニモと目が合い、ハインリヒは肩をすくめた。
「あ、帰ってきたのか?なあおっさん、車のキーを…」
テラスに面した窓から、ジェットが顔を出した。一度ハインリヒに声をかけてから、ジェロニモの陰に隠れたフランソワーズに気づく。
「ただいま」
「何だお前、それ」
ジェットがフランソワーズを指さした。
「何って、買ったんだけど。似合わない?」
「っていうか」
ジェットはハインリヒとジェロニモを見て、視線に同意を得られたのを感じると改めてフランソワーズの方に向かい、わざとらしいほど優しく声をかけた。
「…お前、どっか悪いのか?」
「何ですって?」
「おいジョー!」
言うだけ言うと、ジェットはすぐに身を翻し、大声でジョーを呼びに走っていった。フランソワーズはあっけにとられてそれを見送る。
「何なの」
ふと見上げると、ジェロニモが心配そうな顔でこちらを見下ろしている。ハインリヒはと言うと、もう姿が見えなかった。
「何ともないわよ、もう。何なのみんな」
そう言いながらドアを開けてリビングへと向かう。何となく落ち着かなくて、買い物の荷物をテーブルに放り投げ、ソファに腰を下ろした。
「ふらんそわーず」
頭に声が響く。声の主は、部屋の隅にあるベビーベッドで寝転がったままだ。
「あ、ただいま、イワン。ミルク作ろうか」
「サッキ飲ンダカラ、アトデイイヨ」
「そう?」
「アノネ、似合ッテルヨ。ソノ眼鏡」
不意に言われて思わずベッドの方を見たが、イワンは天井を向いて寝たままだった。本当に見て言っているのかどうかは知らないが、イワンらしくないお愛想にフランソワーズは微笑んだ。
「そう言ってくれたの、イワンが初めてよ。みんな無視するんだから」
「無視ハシテナイト思ウケド」
「でも何か一言くらいあってもいいと思わない?折角気に入って買ったのに、誰も気づかないんじゃ張り合いがないって言うか」
バッグから出した手鏡を覗き込んでみる。赤いフレームに手をやって、かけ直した。
「な?本当だろ?」
どたばたと足音がして、ジェットの声が聞こえた。
「本当だ」
振り向くと、開け放したドアの前にジェットとジョーが立っている。ジョーは大きく目を見開いてこちらをしばらく見つめたあと、まっすぐにやってきた。
「フランソワーズ、どこか調子が悪いのかい?」
「え」
「そんなに見えにくいのなら、早めに言ってくれればチェックしたのに」
「お前、普通にしてて見えないんじゃよっぽどだぞ」
眼鏡のことだ、とやっと気づいた時には、騒ぎを聞きつけた他のメンバーも集まっていた。
「変だと思ったんだ。さっさとメンテナンスした方がいいだろう」
「さっき、木彫りの犬と馬、わからなかった。相当良くない」
「違うったら!ちょっとイワン、何とか言ってよ!」
「何トカッテ言ワレテモ」
「最近何か思い当たる原因はなかった?」
「きちんと検査した方がいいって」
「機械は気づかないうちに壊れることもある」
「早く行ってこい」
「もう!」

イワンは首をすくめた。
君タチ無粋ダヨ、ッテ。僕ガ言ッテモイイノカイ?



※でもファラオの何とか編でグラサンしてましたね。


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