" 青の記憶" ▲ BACK TO TOP


(かなりパラレル)


その人に会ったのは、パーティ会場だった。

たまには気晴らしでも、と連れて行かれたそのパーティはホテルの1フロアを借り切った豪華なものだった。沢山の人が行き交い、舞台では有名な歌手が生バンドの演奏で歌っている。
エスコートしてくれる筈のお父様は、パーティの主催らしい会社の人たちに早々に取り囲まれてしまい、私は人混みを避けて一人で隅の方に立っていた。華やかなのは嫌いではないが、やはり体がついていかない。しばらく居ると微かな耳鳴りと目眩に襲われた。ひどくならないうちに、広間を出る。
長い廊下を突き当たった角に、人気のないテラスがあった。ドアを開けると春の花の香りを含んだ夜気がふわりと漂ってくる。周囲は生い茂る木々に囲まれ会場内の喧噪が嘘のように、穏やかな月明かりが差し込んでいた。
手すりに両手をかけて深呼吸すると、気分もだいぶ落ち着いた。それと同時に軽い喉の渇きを覚え、グラスの一つも持ってくれば良かったと後悔する。
でも会場に戻る気にもならず、私はぼんやりと肘をついた。

「大丈夫?」
不意に声が聞こえて、私はびくりと振り向いた。ドアの所に若い男が立って、柔らかい笑みを浮かべていた。
「さっき廊下で見かけたんだけど、気分が悪そうだったから。飲むかい?」
彼はそう言って、私の隣にペリエの瓶をグラスを置く。私は戸惑ったが水滴を浮かべたペリエのボトルにうっかり目を吸い寄せられて頷いた。
「いいパーティだけど、ちょっと人が多すぎるね」
そう言いながら彼はペリエをグラスに注いで手渡してくれる。私は黙ったまま、冷たい水をこくり、と飲んだ。細かい泡が舌の上で弾ける。
おいしい、と思うと同時に目の前の男に対して疑問が湧き上がった。廊下で私は誰ともすれ違わなかった筈だ。彼は私をずっと見ていて一人きりになるのを待って、声をかけてきたように思える。パーティでは当然のことかもしれないが、私はそういうのに慣れていない。もしそうだったら、どうしよう…と、ちらりと彼を見上げた。
なかなかハンサムなので困ってしまう。少年のような瞳が印象的だった。ラフに着こなしたグレーのスーツも、長めの前髪も似合っている。
それと同時にもう一つの不安も感じ始めていた。
私が思案しながらグラス一杯の水を飲み干す間、彼はじっと私の顔を見つめていた。最後の一滴が喉を流れてしまい、私は諦めてグラスを置くと彼と向き合った。
「どうもありがとう、あの」
「座った方がいいんじゃない」
間髪入れず、彼がテラスに置いてあった白い椅子を差し出してくれる。私は言われるがままに従った。手すりに寄りかかる彼と丁度向かい合う形になる。
月の光が私の顔を照らしていた。

「少し風にあたるといいよ」
そう言われて私は頷いた。ドレスが皺にならないよう、裾をつまんで座り直す。
「綺麗なドレスだね。瞳の色に合わせたのかな。よく似合ってる」
彼が軽い調子で話しかけてきた。淡いブルーのドレスは、お父様が買ってくれたものだ。お父様の事を思い出すと、少し心が軽くなった。
「ありがとう。折角のドレスなのに、人前に出られないんじゃ仕方ないけど」
一瞬言葉に詰まった後、私は自分の疑問を彼にぶつけてみることにした。
「あの、…どこかでお会いしたことあるかしら」
遠慮がちにそう言うと、彼は一瞬目を丸くした。
「私、事故に遭ってからそれより前の記憶があまりないの。だからもし、貴方と以前どこかで会っていたとしても、覚えてないかもしれない」
「事故?」
「ええ、一年前よ。大怪我をした、らしいわ。記憶がないからわからないけど。目が覚めた時は事故から半年くらい過ぎていたの。その間ずっとベッドの中」
「…そう。それは大変だったね」
彼の痛ましそうな視線を感じて、私はうつむいた。
「だからもし私が忘れているのなら、申し訳ないけれど、思い出せないわ」
「確かに、僕は以前貴方に会ったことがある」
彼は言葉を選ぶように言った。
「…でも、貴方は知らないだろうと思う。舞台で踊っているのを見ただけだから」
「舞台」
「そう、バレエをね。とても綺麗だった」
懐かしむような、遠い目をしながら彼はそう言った。
そのことなら少しは覚えている。私は確かに舞台に立っていたことがある。あのころは踊る事が大好きだった。今は…もう、踊れないけれど。
「今夜、たまたま見かけたから声をかけてみたんだ。もし貴方を不安にさせたのなら申し訳なかった」
彼はそう言って私を見た。弱い風が吹き、彼の髪が揺れる。月の光に、彼の顔がはっきりと照らし出される。私の目が大きく見開いた。

違う、初めてじゃない。

不意にそんな気がした。彼の姿を、私は覚えている。
「貴方を見たことがあるような気がする」
そう言うと、彼は驚いたような顔をした。
「よく思い出せないけど、なんだかそんな気がするわ」
彼はしばらくじっと私の目を見つめていた。それから何か考え込んでいるようだ。
「…君がそう思うなら、そうかもしれない」
そう曖昧に答えると、もう一度私を見て微笑んだ。
「良ければ、これから改めてお近づきになれれば光栄だね」
私は思わず頷き返していた。


※ずるずる長そうなので切り分けます。


▲ BACK TO TOP


Mad Tea Party / Min,co:
ご利用は日本国の法律と道徳の範囲内で。誤字脱字はこっそりおしえて下さい。